『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応では、ウィルの覚醒、仲間からの承認、500年前につながる伏線がとくに高く評価されています。
「卍解みたい」「領域展開だ」「最終回かと思った」といった熱狂だけでなく、ウィルの血筋やエルファリア、ロスティを巡る考察まで盛り上がっているのがSeason2の大きな特徴です。
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『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応は?高評価されたポイントを整理
『杖と剣のウィストリア』2期に対する海外ファンの反応を追っていくと、単純に「戦闘シーンがすごい」という評価だけではありません。
大きく分けると、次のポイントに注目が集まっています。
- 魔法を使えないウィルが再び理不尽な壁にぶつかる展開
- 新年の祝祭から危機へ一気に切り替わる構成
- ウィルとエルファリア、コレット、シオンらの関係性
- ウィルが氷の力を宿した剣で戦う覚醒シーン
- 500年前から続いているらしい計画とウィルの血筋
- ロスティとエルファリアを巡る伏線
- 王道少年漫画的な展開を高い熱量で描く作品構成
とくに印象的なのが、序盤と大きな転換点で海外視聴者の受け止め方が変化していることです。
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Season2の序盤では、「またウィルが制度に弾かれるのか」「強いのに社会的には弱者のままなのがつらい」という共感が中心でした。
しかし物語が進み、ウィルがこれまでとは異なる力を見せた場面では、海外コミュニティの空気が一変します。
「核爆発級」「卍解」「領域展開」と、他作品の必殺技になぞらえた言葉が次々と飛び出しました。
もちろん、これらは文字どおり同じ能力だという意味ではありません。
あまりにも大きなスケールの覚醒を目撃した視聴者が、自分の知っている有名な少年漫画の表現を借りて興奮を共有していた、と見るのが自然でしょう。
私はここに、『杖と剣のウィストリア』2期が海外でも刺さっている理由が凝縮されていると感じます。
設定を理解している人だけが楽しめる閉じた作品ではなく、「劣等生だと思われていた少年が誰も想像しなかった力を解放する」という感情の構図だけで、一瞬にして国境を越えられるんですよね。
2期序盤では「強いのに報われないウィル」への共感が目立った
Season2第1話として紹介された「境界の日」では、ウィルが塔へ進むための試練に向き合う一方、魔法を基準に人間を評価する世界の厳しさを改めて突きつけられます。
海外の感想では、「努力しても制度に弾かれるのがつらい」「魔法がないだけで扱いが変わる世界は残酷」といった反応が並びました。
ここは『杖と剣のウィストリア』という作品を理解するうえで、ものすごく重要です。
ウィルは単純な弱者ではありません。
戦闘能力だけを見れば、周囲が無視できないほどの成果を積み重ねています。
それでも、魔法を中心に設計された社会のルールの中では、彼の強さをそのまま評価してもらえない。
つまり、ウィルが斬らなければならない最大の壁は、目の前の魔物だけではないんです。
海外ファンから「主人公が強くなっても社会のルールまでは簡単に斬れない」という趣旨の指摘が出ているのは、かなり核心を突いていると思います。
剣で勝てば全部解決するのなら、物語はもっと単純です。
でもウィルは、強さを証明した後にも「お前は魔法使いではない」という価値観そのものと向き合わなければいけない。
だから彼の一勝には、単なる勝敗以上の意味が宿るのでしょう。
新年の祝祭から危機へ変わる構成も海外で好評
Season2序盤では、新年の明るい雰囲気から不穏な事件へ移る構成も注目されました。
華やかな祝祭の風景が描かれた後に、学園や塔を巻き込む危機の気配が迫ってくる。
海外ファンからは、明るい景色が美しいからこそ、その後の不穏さが際立つという評価も見られました。
平和な瞬間を先に見せておくことで、「この時間が壊されるかもしれない」という緊張を強くする構成です。
事件そのものは少年漫画では比較的なじみのある形でも、『ウィストリア』は戦闘演出と画面の勢いで期待値を上げる力がある。
ここは海外視聴者もかなり素直に評価しています。
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『杖と剣のウィストリア』2期最大級の海外反応はウィルの覚醒シーン
『杖と剣のウィストリア Season2』の海外反応で、とくに熱狂が大きかったのが「そして始まる物語」と題されたエピソードで描かれたウィルの覚醒です。
参考となった海外反応記事は2026年5月4日に公開されており、Redditを中心に反応が紹介されています。
ここではウィルの戦闘を目撃した海外ファンから、「爆発の規模がおかしい」「まるで領域展開」「剣を使った新世代の卍解みたいだ」といった趣旨のコメントが続出しました。
さらに面白いのが、「もうシーズン最終回かと思った」「次のシーズンが待ちきれない……と思ったら、まだ序盤だった」という反応です。
それだけ一本のエピソードに、通常ならクライマックスに置かれても不思議ではない密度があったということでしょう。
私も海外反応を整理していて、ここはかなり面白いポイントだと思いました。
視聴者は「強い必殺技」を見ただけでは、ここまで最終回を連想しません。
積み上げてきた苦労、仲間の声、エルファリアとの関係、そしてウィル自身の力の謎。
それらが同じ瞬間に重なったからこそ、「物語を一度締めても成立しそうな完成感」を感じたのではないでしょうか。

「氷の城」「氷の大剣」はなぜこれほど盛り上がったのか
海外ファンの反応では、ウィルが氷の力を用いた派手な戦闘描写に対して、とくに大きな興奮が見られました。
エルファリアがウィルを助けるような形で剣につながる流れ、そしてウィルが氷をまとった強烈な一撃を見せる。
そこには、ただ強い技を習得した以上の意味があります。
ウィルは以前からエルファリアの魔法について、その仕組みを深く理解していることを示していました。
海外でも、「知らなかったのではなく、使う適性がなかっただけなのでは」という考察が出ています。
この違いは大きいんです。
知らないものを突然使えるようになるのなら、単純な覚醒イベントです。
でも、ずっと理解していたものに「届かなかった」少年が、別の方法によってようやく触れられたのだとすれば、その力には長年の片思いにも似た重みが生まれます。
エルファリアに追いつきたい。
隣に立ちたい。
幼いころから繰り返してきた願いが、氷という目に見える形でウィルの剣に宿った。
そう考えると、このシーンが海外ファンにとって単なる戦闘以上の高揚を生んだ理由も見えてきます。
仲間の声援に「ベタだけど鳥肌が立つ」
海外からは、ウィルのパワーアップを仲間たちが応援する場面について、「王道だと分かっているのに鳥肌が立つ」という反応もありました。
これ、少年漫画を長年見ている人ほど分かる感覚ではないでしょうか。
展開だけを抜き出せば珍しくない。
虐げられていた主人公が覚醒する。
仲間たちが名前を呼ぶ。
周囲から認められる。
でも、王道とは「使い古されているから弱い」のではありません。
むしろ人間が何度見ても反応してしまう感情の形だから、何十年も繰り返されている。
ウィルの場合、長い時間をかけて「魔法を使えない者」として低く見られ続けてきました。
だから周囲の声援は、戦うためのエネルギーであると同時に、「お前はここにいていい」という承認にも見えます。
私はここが『ウィストリア』の王道の使い方のうまさだと考えています。
新しい展開を作ろうとして王道を避けるのではなく、王道が最も効くところまで感情を積み上げてから真正面から使う。
海外ファンが「新しいことをしているわけではないが、全部うまくできている」という趣旨で評価したのも、その点なのでしょう。
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『杖と剣のウィストリア』2期の海外考察は500年前の計画とウィルの正体に集中
派手なアクションの陰で、海外コミュニティがかなり深く掘り下げているのが「500年前」という情報です。
フィンの言葉や回想を受けて、「ウィル自身が500年前から生きているという意味なのか」「メルセデスとの関係は何なのか」「なぜフィンはウィルを見失っていたのか」といった考察が活発になりました。
海外ファンの有力な読み方として挙がっているのは、ウィルが500歳なのではなく、500年前に始まった何らかの計画の到達点が現在のウィルなのではないかというものです。
さらに、目的とする力を持つ者が現れるまでに複数世代を経た可能性も考察されています。
もちろん、これらは視聴者による推測を含みます。
元ネタの海外反応でも断定ではなく、フィンの発言や過去の描写から導かれた仮説として語られています。
ただし、「物語の時間軸が想像以上に長い」という点について、多くの視聴者が衝撃を受けているのは確かです。
「ここまでがプロローグ?」という驚きが意味するもの
海外ファンからは、「ここまで長く描いてきたのに、まだプロローグなのか」と驚く反応も出ています。
これは単なる大げさなリアクションではなく、『杖と剣のウィストリア』の物語構造そのものへの驚きでしょう。
これまで視聴者は、ウィルが塔を目指す物語を見てきました。
しかし500年前につながる因縁が本格的に姿を現したことで、「塔に登るまで」が物語の本体ではなく、本当の戦いへ向かう準備だった可能性まで浮かび上がってくる。
ここで作品のスケールが横ではなく、奥へ広がるんです。
敵が増えるのでも、舞台が単純に広がるのでもない。
ウィルという一人の少年の背後に、何世代にも及ぶ時間が接続される。
私はこの構造こそ、Season2で作品の見え方を大きく変えたポイントだと思います。
フィンはウィルの血筋を何世紀も追っていたのか
海外では、フィンが「運命の一振り」と呼べる存在を待ちながら、ウィルにつながる血筋を長期間見守っていた可能性も考察されています。
一方で、途中で何らかの理由により対象を見失ったのではないか、という推測もありました。
たとえば一つの家系から複数の子孫へ枝分かれし、目立った才能を示さなかった系統が監視対象から外れ、そこからウィルが現れたのではないかという見方です。
さらにカールドロンがウィルの特殊性に先に気づき、彼を学園に残していた可能性を指摘する声まであります。
かなり踏み込んだ考察ですが、面白いのは「ウィルに何の才能があるか」より、「なぜ才能を持つウィルが長い間それを知らずにいたのか」へ議論が進んでいることです。
能力の正体だけならバトル作品的な謎です。
しかし「見つけられるはずだった者が見失われた」となると、そこには歴史上の失敗や判断ミスまで関わってくる。
ウィルは偶然生まれた例外なのか。
誰かによって生み出された結果なのか。
それとも長い時間をかけて待たれていた存在なのか。
ここを原作で先に追っている読者とアニメだけを見ている視聴者では、同じ場面を見ても意味の重なり方が変わってきます。
だからこそ『ウィストリア』は、先の情報を知ったうえでも映像版を見直す楽しさが強い作品なんですよね。
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ロスティ=エルファリア説やシオンの成長も『杖と剣のウィストリア』2期の海外で話題
Season2の海外反応では、ウィルだけでなく周囲のキャラクターについてもかなり細かい考察が行われています。
なかでも目立つのが、ロスティとエルファリアの関係、そしてシオンがウィルの覚醒をどう受け止めるのかという点です。
ロスティとエルファリアの関係に海外ファンが注目
海外では、ロスティが消える際の描写などを根拠として、エルファリアとの強い関係を指摘する声が出ています。
元ネタでは、通常の遺体として残るのではなく氷を思わせる形で崩れたことから、「ロスティとエルファリアの関係を示す伏線ではないか」と見る考察が紹介されています。
ただし、ここは海外視聴者の考察と作中で確定した情報を分けて受け取る必要があります。
ネットでは一度説が広がると、いつの間にか確定情報のように扱われることがあります。
この記事では、あくまで海外で非常に有力視されている考察の一つとして整理しておきます。
それでも、視聴者がここまでロスティを気にするのには理由があります。
『ウィストリア』におけるエルファリアは、ウィルにとって塔の上にいる「目的」でありながら、物理的には遠い存在です。
その距離をどう埋めるかは、物語の初期から大きな課題でした。
もしウィルの身近な時間にエルファリアの意思が何らかの形で介在していたとすれば、二人の関係の見え方はまったく変わります。
「遠く離れていた」という認識そのものが揺らぐからです。
アニメだけを追っていると一瞬で過ぎる描写でも、原作ではコマの間や表情を止めて確認できる。
こういうタイプの作品では、台詞そのものより「なぜここでこの表情なのか」「なぜこの情報を今見せたのか」を追い始めると急に深みに入ります。
気づいた時には、最初から読み返したくなる。
『ウィストリア』の伏線は、そういう沼の作り方をしていると私は感じています。

シオンは「敗北するライバル」からどこへ進むのか
海外ファンはシオンにも注目しています。
シオンはウィルを強く意識し、「いつか自分が倒すべき相手」に近い感覚で見ているキャラクターです。
そんなシオンにとって、ウィルが想像を超える力を見せることは単なる味方の活躍ではありません。
自分が追いかけていた背中が、さらに遠ざかった瞬間でもあります。
海外では、Season1序盤から見られたシオンの魔法面での変化を踏まえ、将来的にさらに上の存在へ挑むのではないかという考察も出ています。
私はシオンの面白さは、ウィルの敵になるか味方になるか、という二択では語れないところにあると思っています。
ウィルを認めれば認めるほど悔しい。
悔しいから追いかける。
追いかけるうちに自分も強くなる。
つまりウィルの存在そのものが、シオンを成長させる装置になっているんです。
この関係には、単純な友情より少し尖った温度があります。
仲良く肩を組まなくても、相手がいるから自分を更新し続けられる。
『杖と剣のウィストリア』2期では、こうした「ライバルとして認めること」の痛みまで描かれている点も見逃せません。
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『杖と剣のウィストリア』2期で海外ファンが評価したのは王道の完成度
海外の反応を横断して見ていくと、『杖と剣のウィストリア』2期が高く評価される最大の理由は、意外にも「誰も見たことがない物語だから」ではありません。
むしろ逆です。
海外ファンの中には、「少年漫画の定番や王道をうまく実行している」という趣旨の感想があります。
私はこの評価こそ、本作をかなり正確に言い表していると思います。
ウィルは分かりやすいアンダードッグだからこそ世界で伝わる
海外では、ウィルと別作品のアンダードッグ型主人公を重ねる反応も見られました。
最初は評価されない。
周囲より不利な条件を背負っている。
それでも努力し続け、大切な人の隣へ行こうとする。
この主人公像は文化圏を問わず理解しやすいものです。
そしてウィルの場合、「強くなりたい」という欲望の根にエルファリアがいます。
地位が欲しいから塔を登るのではない。
誰より上に立ちたいわけでもない。
幼い日に交わした約束に追いつきたい。
その動機が驚くほど個人的だからこそ、彼の巨大な戦いにも一本の感情的な芯が通っています。
ウィルの力は「一人で完成する力」ではない
元ネタの海外反応の中で、私がとくに重要だと感じたのが、ウィルの覚醒を仲間との関係から評価する声です。
海外ファンは、ウィルが友人のために戦い、愛する人の隣に立つためなら努力を惜しまない点に共感しています。
これはSeason2の覚醒シーンにもそのままつながります。
ウィルの強さは、「孤高の天才が自分の潜在能力を開放した」という構図だけでは説明しきれません。
エルファリアの魔法への理解がある。
仲間たちが支える。
競い合うシオンがいる。
コレットが日常側からウィルを支える。
さまざまな関係の中で力が意味を持つんです。
この視点で見ると、『杖と剣のウィストリア』のタイトルにある「杖」と「剣」も、単なる二つの武器以上のものに見えてきます。
異なる力は、本当にどちらか一方が勝たなければならないのか。
魔法が優位な世界で剣が反逆するだけの物語なのか。
それとも最後には、両者が交わること自体が答えになるのか。
ウィルが魔法と自身の剣の特性を組み合わせたように見える描写へ海外ファンが強く反応したのは、作品タイトルそのものに対する答えを一瞬見せられた感覚があったからではないでしょうか。
コレットとエルファリア、違う距離からウィルを支える二人
Season2序盤の海外反応では、コレットにもっと報われてほしいという声も見られました。
一方でエルファリアについては、物語上きわめて重要な存在なのにウィルと直接過ごす時間が少ないため、二人の現在の関係をもっと見たいという反応もあります。
この二人は単純な恋愛上の比較で見るより、ウィルとの「距離の違い」として見ると面白いです。
エルファリアは、ウィルが届こうとする未来にいます。
コレットは、ウィルが苦しんでいる現在のすぐそばにいる。
遠い憧れと、隣にいる支え。
どちらが上かではなく、ウィルにとって必要な役割が違うんです。
海外でコレット人気が高まるのも理解できます。
視聴者はウィルの苦しみを現在進行形で見ているので、その時間を共有してくれる人物に感情移入しやすい。
一方で、エルファリアとの約束がなければウィルはそもそも歩き続けられなかった。
この二重構造があるから、人間関係にも単純ではない厚みが生まれています。
『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応から考察する今後の注目点
ここからは、元ネタで紹介された海外反応を踏まえた私見です。
Season2で起きた最大の変化は、ウィルが「魔法を使えないのに強い少年」から、この世界の歴史そのものに関わる可能性を持つ存在へ変わったことだと考えています。
これまでは、ウィルと社会の関係が物語の中心でした。
魔法が使えない。
だから評価されない。
それでも剣で結果を出す。
この構図は明快です。
ところが500年前という時間軸や、ウィスを巡る示唆が入ってくると、問いそのものが変わります。
「ウィルは魔法社会で認めてもらえるのか」だけでは足りない。
「そもそもウィルという存在は何のために生まれたのか」というレベルまで物語が拡張されるからです。
今後は「才能の証明」より「力を何に使うか」が重要になる
主人公が弱者である物語は、強さを手に入れた瞬間に難しくなります。
弱いから応援できたキャラクターが圧倒的な力を持つと、以前ほど感情移入できなくなるケースもあるからです。
『ウィストリア』が今後さらに面白くなるためには、ウィルの課題を「もっと強くなる」に固定しないことが重要でしょう。
その点、500年前の計画や血筋の問題はかなり有効です。
力を得たから終わりではなく、その力が何なのかを知らなければならない。
誰が待っていたのか。
何の目的で生まれたのか。
そして、自分はその期待された役割に従うのか。
ここまで進めば、ウィルの物語は再び「選ぶ側」に戻ります。
私は、ウィルが誰かに用意された剣として生きるのではなく、自分自身で「誰のために剣を振るのか」を決める瞬間が、今後の重要な節目になるのではないかと見ています。
海外人気を支えるのは「予想できるのに見たい」という強さ
海外反応を読んでいて改めて感じるのは、物語の価値は「予想できないこと」だけでは決まらないということです。
ウィルが立ち上がることは予想できる。
仲間が応援することも予想できる。
エルファリアの力が重要になることも想像できる。
それでも、実際にその瞬間が来たら盛り上がる。
これは演出と積み重ねが成立していなければ起きません。
たとえば「仲間が応援する」という一行の脚本だけなら、何の感動もありません。
その声援を受けるまでに、ウィルが何度否定されたのか。
誰に笑われ、誰に助けられ、それでもなぜ笑って立ち上がったのか。
過程を視聴者が覚えているから、同じ王道展開でも感情が爆発する。
海外で「ベタなのに鳥肌が立つ」という反応が出たこと自体、本作が王道を成立させるための下積みに成功している証拠だと私は思います。
原作を知るとアニメの「何気ない一瞬」の意味が変わる
『杖と剣のウィストリア』は、派手なアニメーションだけを追っても十分楽しめます。
ただ、Season2の海外考察を見ても分かるように、物語が進むほど過去の何気ない描写を再解釈する要素が増えていきます。
ロスティの描写。
エルファリアの反応。
フィンの言葉。
ウィルが以前から魔法の構造を理解していたこと。
初見ではキャラクター性を示すだけに見えた情報が、後から別の意味を帯び始める。
アニメでは数秒で通り過ぎる場面でも、原作ならコマの配置や表情、台詞と台詞の間を自分の速度で読むことができます。
とくに伏線系の作品では、この「自分で止まって考えられる時間」が大きいんですよね。
アニメの続きを知るためだけに原作を読むのではなく、アニメで既に見たシーンの意味を塗り替えるために読む。
そうすると同じSeason2を見返した時、エルファリアやロスティ、フィンの一言がまるで別の音に聞こえる可能性があります。
全部の答えを先に知る必要はありません。
むしろ「あの描写、もしかして……」という疑いを一つだけ持った状態で原作へ戻ると、この作品はかなり面白い。
その答えが予想どおりなのか、それともまったく違う場所に着地するのか。
ここは、自分の目で確かめる余白を残しておきたいところです。
『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応まとめ
『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応では、序盤のウィルの挫折への共感から、覚醒シーンの爆発的な盛り上がりまで、かなり幅広い感想が見られました。
とくにウィルが氷の力をまとった剣で戦う場面には、「卍解」「領域展開」「最終回かと思った」といった、他の人気作品を連想させるほど強烈な反応が集まっています。
一方で、海外ファンが本当に熱中しているのは派手なアクションだけではありません。
500年前から続くと考えられる計画、ウィルの血筋、フィンが待っていた存在、ロスティとエルファリアの関係など、物語の根幹に関わる考察も活発です。
そして何より印象的なのは、「王道だと分かっているのに熱い」という評価でした。
弱者だったウィルが立ち上がる。
仲間が認める。
大切な人から受け取ったものを力へ変える。
文字にすれば古典的です。
でも積み上げてきた時間があるから、知っているはずの王道がもう一度新鮮に刺さる。
私はそこに『杖と剣のウィストリア』の強さがあると思っています。
Season2によって、ウィルの戦いは「塔へ行くための挑戦」だけではなくなりました。
彼自身がこの世界で何者なのか。
500年前からつながるものとは何なのか。
そして「杖」と「剣」は本当に相反するものなのか。
海外ファンが大量の考察を始めたのは、派手な答えが出たからではありません。
むしろ一つの答えが出た瞬間、もっと大きな問いが開いたからです。
ここから物語の本当の姿が見え始めるのだとしたら――「これまでがプロローグだったのか」という海外の驚きも、決して大げさではないのかもしれません。
よくある質問
『杖と剣のウィストリア』2期の海外の反応で一番話題になったシーンは?
元ネタで紹介された反応では、ウィルが氷の力をまとった大剣を使い、圧倒的な力を見せる覚醒シーンがとくに大きく盛り上がりました。
海外ファンからは「卍解のようだ」「領域展開を思わせる」「シーズン最終回かと思った」という趣旨の反応が出るほど、クライマックス級の演出として受け止められています。
海外ではウィルの「500年前」という設定をどう考察している?
海外では、ウィル本人が500年間生きているというより、500年前に始まった計画や血筋の最終的な到達点がウィルなのではないか、という考察が見られます。
フィンが長期間にわたって特別な存在を探していたものの、何らかの理由でウィルにつながる系譜を見失った可能性なども議論されていますが、視聴者による推測を含む点には注意が必要です。
『杖と剣のウィストリア』2期は海外でなぜ評価されている?
派手な戦闘だけでなく、弱者として扱われてきたウィルが努力を重ね、仲間から認められていく王道の成長物語が丁寧に積み上げられている点が評価されています。
さらにSeason2では、500年前の歴史やウィル自身の秘密へ物語が広がったことで、アクションを見る作品から伏線を考察する作品としての面白さも強まっています。
執筆:相沢 透(あいざわ・とおる)


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