ギースは仲間思いの「いいやつ」ですが、ヒトガミへの恩と依存を優先し、ルーデウスを裏切った人物です。
なんJ系掲示板で評価が割れるのは、善人か悪人かの見解が違うからではありません。仲間への情と重大な裏切りが、どちらも原作で描かれているからです。
『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』のギース・ヌーカディアは、戦闘以外の仕事を担うS級冒険者であり、黒狼の牙の元メンバーです。
一方、物語終盤ではヒトガミの使徒だったことが判明し、ルーデウスを倒すために世界屈指の強者を集めます。
本記事では、2021年から2025年に確認できる5ちゃんねる、匿名掲示板系まとめサイト、コメント欄の反応を参照し、好意的な意見と否定的な意見を整理しました。
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そのうえで、Web版第四十三話「聖剣街道」、第四十九話「ミリシオンでの一週間」、第二百二十七話「恩のため」、第二百二十八話「裏切り者に逃げられて」、第二百五十八話「ターニングポイント5」などの描写と照らし合わせ、ギースが本当に「いいやつ」だったのかを検証します。
なお、検索キーワードでは「無職転生 ギース なんJ」とまとめて探される傾向がありますが、今回確認できた投稿は、なんでも実況J板だけに限定されたものではありません。
本稿では、5ちゃんねるの文芸書籍サロン板やアニメ関連板、掲示板形式のまとめサイトを含め、便宜上「なんJ系の反応」と表記します。特定の掲示板全体の総意ではなく、確認できた投稿例から論点を抽出したものです。
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ギースのなんJ系評価はどう割れている?投稿例を整理
ギースに対するネット上の評価は、大きく分けると「人柄と能力を評価する意見」と「裏切りの責任を重く見る意見」の二つです。
参照できた投稿の範囲では、アニメでの登場場面を中心に語る人ほど好意的で、原作終盤まで知る人ほど「いいやつだが信用できない」という複雑な評価になる傾向が見られました。
確認時期・投稿場所 投稿で語られた主な内容 評価の方向
2021年3月・ねいろ速報「ルディの願い」 ルーデウスやパウロを助ける姿から「ギースはいいやつ」と評価 好意的
2021年11月・あにまんchのパウロ関連記事 義理堅さを評価しつつ、「悪い意味で義理堅い」「憎めない」と指摘 両面的
2023年4月・5ちゃんねる「理不尽な孫の手 総合322」 宣戦布告の手紙を、ヒトガミへの恩返しと恨みの両方が表れたものと解釈 考察型
2024年7月・アニメ2板の作品スレッド 黒狼の牙では戦闘外の仕事全般をギースが担っていたと評価 能力を評価
2025年8月・5ちゃんねる「理不尽な孫の手 総合352」 死ぬまで使徒であることを明かさなかったため、オルステッドにも見逃されたと指摘 危険性を評価
2021年3月掲載の掲示板系まとめでは、パウロを立ち直らせる流れを受けて、短く「ギースはいいやつだな」とする反応が確認できます。アニメ序盤から中盤の情報だけなら、この評価はかなり自然です。
2021年11月掲載のあにまんchでは、ギースについて「悪い意味で義理堅い」としながらも、最終的には憎みきれないという趣旨の反応が見られます。
これは、ヒトガミへの恩を返そうとする姿勢を美徳と見るか、危険な執着と見るかで評価が変わることを端的に表しています。
2023年4月に立てられた5ちゃんねる文芸書籍サロン板の作品スレッドでは、ギースの手紙から「恩は返したいが、恨みも晴らしたい」という二重の感情を読み取る投稿がありました。
単純な忠臣でも完全な被害者でもなく、ヒトガミとの関係そのものがねじれていると見る意見です。
2024年7月のアニメ2板のスレッドでは、黒狼の牙における役割について、戦闘外の雑務全般はギースが担当していたという趣旨の説明が投稿されています。
ここでいう「雑務」は、単なる荷物持ちではありません。情報収集、補給、料理、地図作成、素材管理など、冒険者パーティーの生存率を左右する仕事です。
2025年8月の5ちゃんねる作品スレッドでは、多少怪しい動きをしていても、ギースのように最期まで口を閉ざす人物はオルステッドの監視をすり抜ける、という趣旨の投稿がありました。
これは「戦えないから弱い」という評価を反転させています。戦闘力の低さと口の堅さが、ヒトガミの使徒としては最高水準の隠密性になっていたのです。
以上はあくまで2021年から2025年に確認できた投稿例であり、統計的な人気調査ではありません。
ただし、論点はかなり明確です。
- 好意的評価は、仲間思いの行動と非戦闘能力を重視している
- 否定的評価は、信頼を利用した裏切りと使徒としての危険性を重視している
- 原作読者の考察では、恩義、恨み、劣等感が同居した人物として語られやすい
つまり、なんJ系で意見が割れているというより、評価している時期と基準が違うのです。
ギースが仲間として振る舞っていた時代だけを見れば「いいやつ」。最後の選択まで含めれば「いいやつでは済まされない」。
どちらも原作の一面を正しく拾っています。
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ギースが「いいやつ」と評価される原作上の根拠とは?
ギースを好意的に見る意見には、明確な原作上の根拠があります。
彼は口先だけで仲間思いを演じていたのではありません。物語の長い期間にわたり、実際にパウロやルーデウスたちを助けています。
戦えないのにS級まで到達した有能な冒険者
Web版第二百二十八話「裏切り者に逃げられて」では、ギースはヌカ族最後の生き残りで、戦闘を苦手としながらS級冒険者まで上り詰めた人物として整理されています。
剣も魔術も満足に使えない世界でS級まで生き残った。その事実だけでも、彼が普通の「弱いキャラ」ではないと分かります。
Web版第百十八話「状況確認」では、転移の迷宮を攻略する際、マッピングや収集した情報の整理をギースが担当していると示されています。
迷宮では、敵を倒す力だけでなく、帰路を失わないこと、魔物の種類を把握すること、消耗品を管理することが生死を分けます。ギースは、剣士が剣を振れる状況そのものを作る役でした。
私は、ここを「戦闘以外なら何でもできる」という軽いキャラクター付けだけで片づけるべきではないと考えています。
ギースの強さは、仲間の能力を戦場まで運び、最大限に機能させることです。本人に必殺技はなくても、彼がいなければ戦闘が始まる前にパーティーが崩れる。
派手な炎や剣閃の後ろで、地図の線を一本ずつ引いていた男なんですよね。
黒狼の牙で「何でもする人」だった
Web版第四十三話「聖剣街道」では、ギースが剣と魔術以外なら大抵のことをこなせる一方、その能力が専門職として評価されにくかった過去が描かれます。
黒狼の牙では、不器用な仲間たちがいたからこそギースの万能さが生きていました。しかしパーティー解散後、ほかの高ランクパーティーでは仕事を分担できるため、ギースの居場所は簡単には見つかりませんでした。
この描写は、ギースの有能さと劣等感を同時に説明しています。
料理ができる。交渉もできる。情報も集められる。地図も作れる。
けれど、どの仕事にも自分より優れた専門家がいる。
周囲から見れば万能でも、本人から見れば「一番になれるものがない」。この認識が、後のヒトガミへの依存につながったと筆者は解釈しています。
パウロの家族捜索を続けた
Web版第四十九話「ミリシオンでの一週間」では、ギースがフィットア領転移事件後も、パウロの家族捜索に協力し続ける姿が描かれます。
パウロ自身、黒狼の牙解散によって最も苦労したギースから恨まれていてもおかしくないと考えていました。それでもギースは、まだ捜していない地域へ向かおうとします。
ここで重要なのは、パウロが完璧なリーダーではなかったことです。
女性関係で問題を起こし、黒狼の牙が崩れる一因となり、転移事件後には酒に逃げています。
そんなパウロを見限るのではなく、厳しい言葉をかけ、家族捜索を手伝った。
ギースの義理堅さは、終盤になって急に付け加えられた設定ではありません。初期から一貫して描かれた人格の一部です。
ルーデウスを早い段階で殺さなかった
ギースの正体が判明した後、ルーデウスは過去を振り返り、自分が無防備に背中を見せた機会があったにもかかわらず、ギースが直接手を出さなかったと考えます。
さらにWeb版第二百二十八話では、アイシャを誘拐できた可能性にも触れながら、ギースが実行しなかったことが検討されています。
もちろん、これはギースが善人である決定的な証拠ではありません。
失敗する危険を避けただけかもしれませんし、より確実な罠を準備していた可能性もあります。ルーデウス自身も、ギースの言葉をどこまで信じてよいのか迷っています。
それでも、友情がすべて演技だったと断定するのも不自然です。
Web版第二百二十七話「恩のため」の手紙では、牢で過ごした時間、聖剣街道の旅、迷宮探索が楽しかったことについて、ギース自身が嘘ではないと伝えています。
敵になる決意と、楽しかった記憶が同じ手紙の中にある。
だから読者は困るんです。
あの笑顔まで全部偽物だったのなら、きっぱり嫌える。でも本心が混ざっていたと分かるから、裏切りの痛みだけが深く残ります。
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ギースが「裏切り者」と批判される理由は?
ギースに優しさや義理堅さがあったとしても、最終的にルーデウスを裏切った事実は変わりません。
「根はいいやつ」という表現は人物理解には役立ちますが、行動の責任を消す免罪符にはならないでしょう。
ヒトガミの危険性を知りながら敵側に立った
Web版第二百二十七話「恩のため」で、ギースは自分の立場を説明した手紙を残します。
その中心にあるのが、ルーデウスに恨みも恩もない一方、ヒトガミには恨みと、まだ返していない恩があるという論理です。ギースはヒトガミへの恩を返すため、ルーデウスの敵になると宣言しました。
この理屈は、ギースらしいほど義理堅く見えます。
しかし冷静に考えれば、ヒトガミが危険な存在だと理解したうえで協力する選択です。
恩を返す相手が他者を破滅させようとしているなら、恩義だけで行動を正当化することはできません。
筆者としては、ここにギースの美点と欠点が同じ根から生えているように感じます。
義理を忘れないから仲間を助ける。
義理を忘れられないから、切るべき関係も切れない。
同じ性質が光にも影にもなる。ギースの人物像が割り切れない理由です。
「いいやつ」という信用が敵としての武器になった
ギースの最も危険な能力は、戦闘技術ではありません。
人に警戒されず、必要な情報を集め、相手の欲望や弱点を見極めて動かす力です。
Web版第二百二十八話では、オルステッドが何度ループしても、ギースの行動は使徒らしく変化しなかったと説明されます。
疑われたり、命の危機に置かれたりしても正体を明かさず、すべてのパターンで使徒だった可能性にオルステッドさえ気づけませんでした。
オルステッドは、ギースをヒトガミの「切り札」と評価します。
目立つ戦闘力を持たない。歴史を大きく変える行動も表面上は取らない。そして誰とでも自然に話せる。
弱く見えることが、最高の偽装になっていたのです。
ここで「いいやつ」という印象も武器になります。
親しみやすく、困っている時には助けてくれて、昔の仲間にも義理堅い。そんな人物を、誰が世界規模の争いを動かす使徒だと疑うでしょうか。
最初から悪人らしい顔で近づいてくる敵より、善意を持ちながら最後に敵を選ぶ人物の方が見抜きにくい。
ギースの怖さは、善人の仮面をかぶっていたことではありません。善人としての部分が本物だったことです。
世界屈指の戦力を集めてルーデウスを追い詰めた
ギースは、ヒトガミ側の戦力として、闘神バーディガーディ、元剣神ガル・ファリオン、北神アレクサンダー、鬼神マルタ、冥王ビタらを動かします。
自身が戦えなくても、人の目的や欲望を読み、ルーデウスに対抗できる陣営を作り上げました。Web版の決戦編では、ギースが情報屋として一流であり、ルーデウス側も発見されないよう慎重な行動を求められています。
この結果、多くの人物が命を失いかねない戦いへ巻き込まれました。
ルーデウスの家族や仲間が無事だったからといって、ギースの行動が軽くなるわけではありません。
「いいやつだった」という人柄の評価と、「許されない選択をした」という倫理的な評価は、分けて考える必要があります。
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ギースはなぜルーデウスを裏切ったのか?
ギースがルーデウスを裏切った直接の理由は、ヒトガミへの恩を返すためです。
ただし、原作の描写をつなげると、恩義だけでなく、戦えない自分への劣等感、ヒトガミへの依存、強敵として認められたい欲求も重なっていたと考えられます。
「恩のため」は建前ではなく本心だった
ギースは、ヒトガミを完全に信頼していたわけではありません。
Web版第二百二十七話の手紙でも、ヒトガミに恨みがあることを認めています。そのうえで、自分にはまだ返すべき恩が残っていると判断しました。
つまり、ギースは善悪を取り違えていたのではありません。
ヒトガミが問題のある存在だと分かっていても、「自分を救った」という個人的な事実を優先したのです。
これは狂信というより依存でしょう。
危険な存在だと分かっている。それでも、その存在によって生き延びられた記憶があるため、関係を断ち切れない。
恩義という美しい言葉で包まれていますが、その内側には、自分一人で生きることへの恐怖があったと筆者は見ています。
戦えない自分を最後まで受け入れられなかった
Web版第四十三話では、ギースが多くの仕事をこなせても、それぞれは誰かが分担できる仕事であり、自分の居場所は黒狼の牙にしかなかったと気づく場面があります。
そしてWeb版第二百五十八話「ターニングポイント5」で、死を目前にしたギースは、戦う力を持てなかった自分と、何でもできて一人でも生きられるように見えるルーデウスとの差を語ります。
ルーデウスもまた、ギースが戦闘以外のことを何でもできるようになりながら、この世界で重要な戦闘力だけは得られなかった人物だと受け止めています。
ここから先は筆者の解釈です。
ギースは本当の意味で無能だったのではありません。
情報屋として一流で、S級冒険者で、パウロから家族捜索を任され、ルーデウスからも信用されていました。
それでも、本人が欲しかったのは「仲間を支える有能な人」という評価ではなかったのでしょう。
剣神や北神のように、誰が見ても一言で強さを説明できる存在。
あるいは、大きな戦いの結果を自分が決めたと証明できる存在。
だからこそ、ヒトガミとオルステッドの争いにおいて、自分が勝敗を動かすことに意味を感じたのではないでしょうか。
ギースが欲しかったのは忠誠への報酬より「強敵」という評価
最期のギースは、ルーデウスに対し、自分が強敵だったと認めてほしいと訴えます。
世界を駆け回り、剣神、北神、鬼神らを集めたのに、失敗した自分があまりにも惨めだからです。
ルーデウスが「ギースは強かった」と認めると、ギースは感謝します。ルーデウス自身も、ギースとの戦いに一年を費やし、何か一つ違えば敗北していたと評価しました。
この場面を読むと、ギースが本当に求めていたものが見えてきます。
ヒトガミに褒められることでも、世界を支配することでもない。
自分は戦えなくても、強かった。
自分の人生は、誰かのついでではなかった。
その証明が欲しかったのではないでしょうか。
皮肉なのは、証明ならすでに終わっていたことです。
戦えないままS級になった。
パウロの家族を捜した。
転移の迷宮で仲間を支えた。
ルーデウスに背中を預けられた。
それだけで十分に並外れた人物だったのに、本人だけが、その価値を受け取れなかった。
「俺は何者でもない」という空白を埋めるため、最後に世界規模の勝負を必要としてしまった。
ここがギースの悲劇だと、私は感じます。
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ギースの最後で「いいやつ」という評価は変わる?
ギースの最期は、彼を単純な悪人とも、悲劇の善人とも断定させない場面になっています。
ルーデウスの広範囲魔術によって森ごと焼かれたギースは重傷を負い、逃げ切れない状態で発見されました。
彼はルーデウス側の勝因について、相手と話し、信頼を得て、正式に仲間になってもらう努力を続けたからだと認めます。
一方、自分が集めた剣神や北神たちは、それぞれの目的を優先し、ギースの指示には従いませんでした。
これは戦闘力の差だけで決着した戦いではありません。
ギースは人を集めることには成功しましたが、人と人の間に共通の未来を作れませんでした。
ルーデウスは、一人では解決できないからこそ、時間をかけて関係を築いています。
ギースは、自分一人では戦えないから、人を動かす策を組みました。
どちらも他者の力を借りています。
しかし、一方は信頼を積み重ね、もう一方は目的や欲望を利用した。
同じ「人に頼る」という行為が、仲間と駒の違いになって表れたのです。
最後までヒトガミを無条件には肯定していない
最期のギースは、ヒトガミが敗北後も責任を押し付けてきたことを明かし、その態度を冷静に批判しています。
それでも、自分はヒトガミに救われたと語り、協力した選択そのものを完全には否定しません。
ここには信仰では説明できない複雑さがあります。
ヒトガミを善だとは思っていない。
ひどいことをされたとも分かっている。
それでも、自分の人生全体を振り返れば救われたと感じている。
この矛盾を抱えたまま、ギースは死にます。
私は、この態度を美しい忠義だとは評価しません。
危険な相手との関係を切らなかった責任は、ギース自身にあります。
ただ、恩を忘れられない感情そのものまで嘘ではなかったのでしょう。だからこそ、善悪の記号に置き換えると大事な部分がこぼれ落ちます。
最期に戻ったのは黒狼の牙のギースだった
ギースは死の直前、ギレーヌと短い言葉を交わします。
パウロへの伝言を頼まれ、いつか黒狼の牙の仲間たちと再び酒を飲む光景を思い浮かべながら、話の途中で息を引き取りました。
彼の罪がこの会話で消えるわけではありません。
それでも、最後に口にしたのがヒトガミへの賛美ではなく、昔の仲間との記憶だったことには意味があります。
ヒトガミの使徒として戦った男の最深部に、黒狼の牙の一員として過ごした時間が残っていた。
ルーデウスも後にギースの墓をパウロの隣に置き、年月が過ぎた後には、ヘラヘラと笑っていた姿を思い出しています。
許したのかと聞かれれば、判断は難しいでしょう。
少なくともルーデウスは、敵として倒した事実と、かつて仲間だった記憶を、どちらか一方に塗り替えませんでした。
筆者の考察|ギースは「いいやつ」だが、正しい人ではない
ここからは私見です。
ギースは、本当にいいやつだったと思います。
ただし、「いいやつだった」という評価と、「最後の行動が正しかった」という評価はまったく別です。
ギースは、目の前に困っている仲間がいれば助けられる人物でした。
料理を作り、地図を描き、情報を集め、重い空気を軽口で和らげる。パウロの欠点を知り尽くしていながら、その家族を捜し続ける情もありました。
けれど、人生全体の方向を決める場面では、自分の判断よりヒトガミとの関係を優先しました。
身近な相手には優しいのに、大きな選択では他者を危険に巻き込む。
これは矛盾して見えますが、現実の人間にも起こり得ることです。
日常で親切な人が、常に正しい判断をするとは限りません。
過去に良いことをした人でも、依存や恐怖、承認への飢えから重大な過ちを選ぶことがあります。
ギースが怖いのは、悪意によって壊れた人物ではないからです。
「恩を返したい」「自分の価値を証明したい」「一人では生きられない」という、理解できてしまう感情が少しずつ重なり、取り返しのつかない選択になっています。
ルーデウスとギースは「弱さへの答え」が違った
ギースとルーデウスには共通点があります。
どちらも一人で生きられるほど強くなく、他人の助けを必要としています。
ルーデウスも、家族、師匠、友人、オルステッドの力なしでは多くの危機を越えられませんでした。
違いは、助けられた後の行動です。
ルーデウスは、受け取った助けを別の関係へつなげます。
失敗すれば謝り、壊れた関係を修復し、相手にも選択肢を与えようとする。完璧ではなくても、人と向き合うことから逃げない道を選びました。
ギースは、自分の弱さをヒトガミの助言で埋め続けます。
本来は人間関係を築く能力に優れていたのに、最後の戦いでは、相手の目的や欲望を利用して戦力を集めました。
ルーデウスが「弱いから仲間を作った」のに対し、ギースは「弱いから強者を配置した」。
このわずかな違いが、最後には決定的な差になります。
「なんでもできる」ことを本人だけが誇れなかった
ギースは、自分の能力を器用貧乏だと見ていました。
しかし現実には、戦闘以外のほぼすべてを高水準でこなし、S級冒険者として生き延びています。
これほど異常な実績はありません。
それでも、戦えないという一点が、本人の中ですべてを覆い隠していました。
私は、ギースがヒトガミから本当に欲しかったものは、未来を教える助言だけではなかったと考えています。
「お前には価値がある」と保証してくれる絶対的な存在です。
自分で自分の価値を決められなかったから、ヒトガミの指示に従って得た成功を手放せなかった。
でも本当は、保証なんて必要なかったんですよね。
仲間が彼の料理を食べていた。
パウロが家族を託した。
ルーデウスが背中を見せた。
その一つひとつが、ギース自身の行動によって得た答えでした。
本人だけが、その答えを信じられなかった。
なんでもできた男が、最後までできなかったこと。それは、自分を認めることだったのかもしれません。
まとめ|ギースは本当にいいやつだが裏切りの責任は残る
ギースは、戦闘能力をほとんど持たない一方、情報収集、料理、補給、交渉、マッピングなどを担い、S級冒険者まで到達した極めて有能な人物です。
パウロの家族捜索を続け、転移の迷宮では仲間を支え、ルーデウスとの旅にも本当の楽しさを感じていました。
この意味で、なんJ系掲示板やコメント欄に見られる「ギースはいいやつ」「戦えないのに有能」という評価には、十分な原作上の根拠があります。
一方、ギースはヒトガミの危険性を理解しながら恩義と依存を断ち切れず、ルーデウスを倒す側へ回りました。
人から信頼される能力と情報網を使い、世界屈指の強者たちを集めた行動は、明確な裏切りです。
したがって、最終的な答えは次のようになります。
ギースは本当にいいやつだった。しかし、いいやつであることよりヒトガミへの恩を優先し、間違った選択をした人物です。
なんJ系で評価が割れるのは、どちらか一方が作品を読み違えているからではありません。
仲間思いのギースも、危険な裏切り者のギースも、同じ人物の中に実在していたからです。
私はギースを、悪人という一語では片づけられません。
同時に、悲しい過去だけで擁護することもできません。
「いいやつだったのに、なぜ」という問いが残り続ける。
その答えの出なさこそが、ギース・ヌーカディアというキャラクターの強さなのでしょう。
よくある質問
「無職転生 ギース なんJ」で検索されるのはなぜですか?
ギースが本当にいい人物なのか、原作終盤の裏切りを含めてネット上の評価を確認したい人が多いためと考えられます。
ただし、確認できる反応はなんでも実況J板だけではなく、5ちゃんねるの作品スレッド、アニメ関連板、掲示板系まとめサイトのコメント欄などに分散しています。
ギースとルーデウスの友情はすべて演技だったのですか?
すべて演技だったとは考えにくいです。
Web版第二百二十七話の手紙で、ギースは牢での出会い、聖剣街道の旅、迷宮探索が楽しかったことは本当だと伝えています。友情を感じながら、別の理由で敵になる道を選んだと見る方が自然です。
ギースはなぜ戦えないのにS級冒険者になれたのですか?
戦闘以外の冒険者業務を高い水準でこなせたためです。
情報収集、交渉、料理、補給、地図作成、迷宮情報の整理などを担当し、仲間が安全に戦える環境を整えていました。戦えないままS級になったこと自体が、ギースの非戦闘能力の高さを示しています。
執筆:相沢 透(あいざわ)


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