『日本三國』の舞台は、文明崩壊後に「大和・武凰・聖夷」の三国へ分裂した近未来の日本です。
大阪や福井、金沢、小田原など現在も存在する土地を使いながら、『三国志』や日本史のモチーフを重ねている。それが、この世界が妙に「ありそう」に見える最大の理由です。
\ ※アニメの余韻が冷めないうちに“本当の物語”をチェック → 原作を読む /
『日本三國』の舞台はどこ?近未来の日本そのものが戦場になる
「『日本三國』の舞台って、結局どこなの?」
最初に答えるなら、舞台は文明が崩壊した後の近未来の日本列島です。
ファンタジー世界へ転生したわけでも、まったく別の架空大陸が用意されているわけでもありません。
\ ※【今だけ70%OFF】原作まとめ買いセール中 → 割引価格で読む /
私たちが暮らしている日本が一度崩れ、その跡地から新しい国家が立ち上がった世界なんですね。
TVアニメ公式サイトでは、核大戦、天災、悪政などを経て革命が発生し、日本文明が崩壊。その後、日本が三つに分かれて覇権を争う「三国時代」へ突入したと説明されています。
原作側の設定ではさらに、令和末期に米国と中国の核戦争、難民流入、パンデミック、大震災、そして悪政への反発による暴力革命が連鎖したことで旧国家体制が崩壊したとされています。
人口は大幅に減少し、文明水準も明治初期ほどまで後退。
つまり『日本三國』で描かれているのは、未来なのに文明だけが過去へ巻き戻された日本です。
ここがまず、めちゃくちゃ面白い。
スマートフォンも高速鉄道も全国一律の行政制度も失われた後なのに、土地の名前や方言、かつて存在した建築物、現代人の言葉の名残は残っている。
読んでいるこちらからすると、「知らない異世界」ではありません。
知っている日本が、知らない国になっている。
この距離感が怖くて、同時にものすごくワクワクするんですよね。
主人公・三角青輝も、最初から天下を駆ける英雄だったわけではありません。
愛媛郡の地方役人である司農官として暮らしていた青年が、妻・東町小紀との別れをきっかけに「日本再統一」を志す。
地方から大阪へ向かい、大和の辺境将軍・龍門光英に仕え、知識と弁舌によって乱世を上っていくことになります。
つまりこの物語では、舞台そのものが青輝の目標です。
目の前の敵を倒して終わりではない。
分断された日本列島そのものを、もう一度ひとつの国にする。
だからタイトルの「日本三國」は単なる格好いいネーミングではなく、物語の目的そのものを指しているのだと思います。
\ ※あの名シーンの“裏側”を原作で体感しよう → 今すぐ読む /
『日本三國』に登場する国は?大和・武凰・聖夷の三国を整理
『日本三國』で覇権を争っている中心勢力は、大和・武凰・聖夷の三国です。
物語が進むにつれて支配地域や勢力関係は動いていくため、単純な現代日本の地方区分として固定して考えるより、「文明崩壊後に成立した国家」と捉えたほうが分かりやすいでしょう。
国 主な特徴 現代日本との結びつき
大和 大阪を首都とする巨大国家。物語序盤の中心勢力 大阪、愛媛、兵庫、福井など西日本の地名が登場
武凰 東方に位置する国家 小田原都、武蔵県など現在の関東を思わせる地名が登場
聖夷 北方を中心に勢力を持つ国家 能登、金沢、新潟方面など北陸・北日本の地名と深く関わる
大和は大阪を中心にした『日本三國』最大級の勢力
主人公・三角青輝が所属することになるのが大和です。
首都は大阪都。
国家元首として大和帝が存在していますが、物語序盤では内務卿・平殿器が圧倒的な実権を握っています。
TVアニメ公式サイトでも、平殿器は先帝を毒殺して国政を牛耳り、自身を不快にさせる者には容赦しない人物として紹介されています。
一方の藤3世は大和帝ではあるものの、実権の乏しい傀儡に近い存在です。
この構図が重要なんですよね。
『日本三國』は単に「三つの国が戦争しています」という作品ではありません。
一つの国の中にも、皇帝、外戚、官僚、将軍、軍師、地方行政官といった複数の権力が存在している。
敵国との戦争より前に、国内政治がすでに戦場なんです。
青輝が仕える龍門光英は大和の辺境将軍。
高潔で文武に秀でた人物として知られ、その軍師として賀来泰明が仕えています。
龍門のもとへ仕官するための試験が「登龍門」と呼ばれているのも、『日本三國』らしい歴史と言葉遊びの感覚がよく出ています。
さらに面白いのは、大阪という土地の記憶が未来でも残っていること。
賀来泰明は大阪都出身。
龍門の邸宅は通天閣に置かれているとされ、2026年にはアニメ関連企画として「日本三國 ごっつええ通天閣コラボ」まで展開されました。
何百年も離れた架空の未来を描いているはずなのに、通天閣が出てくる。
これだけで急に地面がつながるんですよ。
武凰は小田原を中心にした東方国家
武凰は、凰条桃邦を初代武凰帝とする国家です。
作中設定では小田原都が登場し、現在の関東地方につながる武蔵県という地名も確認できます。
凰条桃邦とともに武凰建国へ関わった重要人物が、首相兼軍師の武蔵守重桜です。
さらに皇室直系の子孫である大皇媛仁も存在し、武凰内部にも単純ではない権力関係が形成されています。
ここでも「国対国」だけでは終わらない。
武凰の中にも誰が正統なのか、誰が国家を動かしているのかという政治的な緊張があります。
大和を西、武凰を東と見ることで、読者にはかつての日本史で何度も繰り返された「東西対立」の記憶も重なって見えてきます。
ただし、『日本三國』は特定の一時代をそのまま置き換えた作品ではありません。
源平、南北朝、戦国、幕末、中国の三国志まで、複数の時代を混ぜ合わせている。
だから「あの人物=この歴史人物」と一対一で当てはめすぎると、逆に作品の面白さを取りこぼしてしまうと思います。
聖夷は北陸・北日本の歴史を背負った国家
もう一つの大国が聖夷です。
中心人物の輪島桜虎は能登省出身。
TVアニメ公式では聖夷新政権総帥として、大和への降伏を目指す旧政権を倒す政変を決行し、「大和討伐」を掲げる人物として紹介されています。
輪島桜虎の父・輪島白虎は、大和の龍門光英、賀来泰明と因縁を持つ存在。
そのため聖夷と大和の戦争は単純な領土問題ではなく、桜虎自身の過去や恨みまで絡んでいます。
長尾武兎惇、九羅亜輝威、閉伊弥々吉ら、聖夷側にも強烈な人物がそろっている。
『日本三國』が面白いのは、敵国だから全員悪人、という描き方になっていないところです。
むしろ国を変えれば、それぞれの人間にそれぞれの正義がある。
私はここに、この作品の戦記ものとしての強さを感じます。
地図上では「敵国」と一色で塗られてしまう場所にも、そこで暮らす人間がいるんですよね。

\ ※アニメの先を知りたい人だけクリック → 原作はこちら /
『日本三國』の舞台に福井が多い理由は?実在スポットとの関係
『日本三國』の舞台について調べると、とくに具体的な形で浮かび上がってくるのが福井県です。
福井県公式観光情報サイト「ふくいドットコム」では、TVアニメ『日本三國』の舞台となった福井県内の場所を巡る企画「日本三國 – 四都市巡覧記 -」が紹介されています。
開催期間として案内されているのは、2026年6月2日から12月31日まで。
スマートフォンアプリ「furari」を利用し、県内6か所を巡るスタンプラリー形式となっています。
チェックポイントとして紹介されているのは次の場所です。
- 福井県庁(福井城址)
- 九頭竜橋
- 丸岡城マチヨリマーケット
- 大師山清大寺(越前大仏)
- 福井県立恐竜博物館
- 敦賀駅交流施設オルパーク
このラインナップを見るだけでも、『日本三國』が現実の日本をかなり具体的に再構築していることが分かります。
福井城址は「福井嶺北城」のモチーフ
福井県庁周辺には福井城址があります。
観光記事では、この福井城址が作中に登場する「福井嶺北城」のモチーフとして紹介されています。
現在の福井県庁は福井城本丸跡に位置し、周辺には堀や石垣も残されています。
未来の戦記世界に城郭が登場しても、一見すれば歴史ものにしか見えません。
でも、その場所は現在も行政の中心として使われている。
この時間の重なり方が『日本三國』らしい。
現在の県庁所在地が、国家崩壊後には再び軍事や統治の拠点を思わせる城へと読み替えられているわけです。
九頭竜橋では龍門光英と聖夷の攻防が重なる
九頭竜橋も重要な場所です。
福井の観光記事では、龍門光英と聖夷が駆け引きを繰り広げた場所として紹介されています。
しかも福井県庁方面から九頭竜橋へ向かう方向は、龍門が聖夷を食い止めるために立ちはだかったとされる方向と重なるとのこと。
こういうの、聖地巡礼との相性が強すぎるんですよ。
橋そのものが架空ではないから、「龍門はここから何を見ていたのだろう」と想像できる。
戦場の距離、川幅、対岸までの見え方。
漫画やアニメでは一瞬だった場所が、現実のスケールを持ち始めます。
丸岡城は輪島桜虎率いる聖夷と重なる場所
丸岡城も『日本三國』の世界観を考えるうえで興味深い場所です。
観光記事では、輪島桜虎率いる聖夷の拠点ともいえる重要な舞台として紹介されています。
丸岡城は現実にも福井を代表する城郭の一つ。
文明崩壊によって近代的な軍事技術やインフラが失われれば、かつての城郭や地形が再び軍事的意味を持ち始めても不思議ではありません。
もちろんフィクションではあります。
ただ、「なぜ未来でまた城なのか」という問いに対して、『日本三國』の文明後退設定はかなり説得力を持たせているんです。
福井県立恐竜博物館が「九頭龍城」になる面白さ
個人的にとくに面白いのが福井県立恐竜博物館です。
観光記事によれば、アニメでは福井県立恐竜博物館が「九頭龍城」として描かれ、佐藤義長と平泉緋那らが関わる戦いの舞台になっています。
恐竜博物館が未来の「城」になる。
この発想には『日本三國』の世界設定が凝縮されているように感じます。
私たちは今、巨大な公共施設を「博物館」として認識しています。
しかし国家体制が崩壊し、その建物が何世代も後まで残っていたらどうでしょう。
誰も本来の用途で使わなくなり、堅牢な巨大建築という性質だけが残れば、要塞や行政拠点へ転用されるかもしれない。
つまり『日本三國』の舞台には、現代の建物を未来の住民が「別の意味」で使っている面白さがあるんですね。
ここに気づいた瞬間、聖地巡礼の見方も変わります。
作品に出てきた場所を探すだけではない。
いま目の前にある建物が、文明崩壊後には何になるだろう。
そんな想像まで始まってしまう。
これこそ『日本三國』の舞台設定が読者側の現実へ染み出してくる瞬間だと思います。
「アニメで描かれなかった続き、気になりませんか?」
- 📖 原作なら“本当の意味”が全部わかる!
- ✨ 初回70%OFFでまとめ買いもOK
- ✨ 未放送の展開・キャラの心情まで深掘りできる
モヤモヤしたまま終わらせない!
『日本三國』の元ネタは三国志?タイトルと三国鼎立の意味を考察
『日本三國』の元ネタを考えるうえで、最初に避けて通れないのが中国の『三国志』です。
『三国志』は後漢王朝の崩壊後、魏・呉・蜀という三勢力が天下を争った時代を扱っています。
『日本三國』では、崩壊した日本に大和・武凰・聖夷という三国が成立する。
構造だけ見ても、「一度崩れた統一国家の跡で複数勢力が天下を争う」という共通点があります。
ただし、作品を単純に「三国志の日本版」と説明してしまうと、かなり足りません。
なぜなら人物や政治制度、土地、言語には、日本史や現代日本の文化が大量に混ざっているからです。
『日本三國』がやっているのは、魏・呉・蜀の名前だけを日本へ移すことではない。
三国志的な「乱世の構造」を借りて、日本の歴史そのものを再編集しているように見えます。
三角青輝の元ネタとして語られる鄧艾
主人公・三角青輝については、三国志の武将・鄧艾との関連が紹介されています。
鄧艾はもともと恵まれた出自の人物ではなく、農政などの実務能力を評価されながら頭角を現し、後には蜀攻略でも大きな功績を残しました。
青輝も地方の司農官から物語を始めます。
圧倒的な武力を持つ主人公ではなく、土地、農政、知識、論理を武器として出世していく。
ここが鄧艾と重なります。
趣味がマッピングという設定まで含めて見ると、青輝が単なる「頭のいい軍師」ではなく、地理や行政を理解する実務家として設計されていることが分かります。
天下統一ものの主人公なのに、最初の能力が農政と地図。
私はこれが好きなんですよね。
本当に国を統一するなら、戦に勝つだけでは足りない。
兵站を整え、農地を把握し、税を管理し、人が暮らせる社会を作らなければならない。
『日本三國』は「国家を作る」という言葉を、かなり現実的なところから描いている作品だと思います。
阿佐馬芳経には鍾会との重なりがある
青輝と行動を共にする阿佐馬芳経については、鄧艾と対をなす存在として鍾会との関連が語られています。
鍾会は優れた頭脳を持ったエリートで、鄧艾とともに蜀攻略に関わった人物です。
一方で、後に鄧艾の失脚にも関わり、自身も野心によって破滅へ向かいました。
阿佐馬芳経は名門・阿佐馬家の嫡子。
母親から英才教育を受け、武術にも優れ、自信も野心も強い。
庶民に近い立場から知識で上る青輝と、名門出身の芳経。
同じ場所からスタートしたように見えて、二人の背景はまったく違います。
三国志を知っている読者からすると、二人が並んで歩いているだけで「この関係、本当に最後まで大丈夫なのか……?」という妙な緊張が生まれる。
元ネタを知ることで、現在の場面だけではなく未来まで不穏に見えてしまうんです。
ここは原作を読む面白さにも直結しています。
アニメでは声や動きによってキャラクターの魅力が一気に伝わる一方、漫画では青輝と芳経の視線、間、言葉選びを自分の速度で止めながら読める。
歴史モチーフを知った後に戻ると、一見何でもない会話の温度まで変わって見えてきます。
「アニメじゃ描ききれなかった“真実”を知りたくないですか?」
アニメで涙したあの瞬間――。
でも、本当の“理由”やキャラの“心の奥”を知れるのは、原作だけなんです。伏線の意味、語られなかったモノローグ、カットされたシーン。
「答え合わせ」ができるのは、原作をめくった人だけの特権。
「アニメで感動したけど、原作を読んで初めて“本当の意味”に気づいた」
「カットされた場面を読んで、演出の意図がようやく腑に落ちた」
「アニメじゃ語られなかった“キャラの本音”に震えた」
──そんな声が、次々と届いています。
📚 ブックライブがファンに選ばれる理由
- ✅ 初回70%OFFクーポン:気になる作品をお得に一気読み!
- ✅ アニメ未放送エピソードも読める:誰よりも早く続きを知れる!
- ✅ 独占配信・先行配信多数:ここでしか読めないストーリーがある
- ✅ スマホ・PC対応:移動中やベッドの中でも即読書
「アニメだけで満足」…そう思っていたのに、気づけば原作にのめり込んでしまう。
──それが、多くの読者のリアルな体験なんです。🎯 初回限定クーポンは“今だけ”。気になった瞬間が、原作を読むベストタイミングです。
\ ※キャラの“心の声”は原作にしかない → 今すぐチェック /
『日本三國』の元ネタには日本史もある?平家・蝦夷・アテルイを読み解く
『日本三國』の元ネタでさらに面白いのが、日本史との重なりです。
三国志だけを意識して読むより、源平合戦や古代東北史まで視野に入れたほうが、国名やキャラクター名の意味がぐっと立体的になります。
「平家」と阿佐馬芳経は源平合戦を連想させる
大和の実権を握っているのは平殿器。
そしてその一族は、文字通り平家です。
一方で主人公の相棒格として登場するのが阿佐馬「芳経」。
「よしつね」という読みを見れば、源義経を連想する人も多いでしょう。
栄華を極める平家。
そこに「よしつね」の名を持つ人物が現れる。
偶然として読むには、あまりにも日本史の記憶を刺激してきます。
もちろん阿佐馬芳経がそのまま源義経という意味ではありません。
むしろ重要なのは、『日本三國』が読者の中にある歴史イメージを利用していることです。
「平」という文字を見れば権勢を誇った平家を思い出す。
「よしつね」と聞けば平家を追い詰めた英雄を思い出す。
作者がすべてを説明しなくても、名前だけで関係性に予感が生まれる。
歴史好きほど深みに落ちる設計なんですよね。
大和と聖夷の対立には「ヤマトと蝦夷」の記憶が重なる
さらに分かりやすいのが、「大和」と「聖夷」です。
古代日本では、ヤマト政権と東北地方の蝦夷との間で長い対立がありました。
そして聖夷には、九羅亜輝威という武将が登場します。
名前の「亜輝威(あてるい)」から連想されるのが、ヤマト政権と戦った蝦夷の指導者として知られる阿弖流為です。
西側の大国が「大和」。
それと戦う北方勢力が「聖夷」。
さらにそこに「あてるい」の名を持つ武将がいる。
この配置を見ると、古代日本のヤマト対蝦夷という構図が意識されていると考えるのは自然でしょう。
ただ、『日本三國』の巧さは歴史をそのまま再演していないことです。
聖夷は単なる「征服される北方勢力」ではありません。
輪島桜虎という独自の思想と政治的求心力を持つ指導者がいて、彼女なりの大和討伐の理由がある。
歴史上の「中央対辺境」という物語を借りつつ、未来の国家同士として再構築しているんですね。

『日本三國』の世界観はなぜリアル?実在地名と現代文化が残る仕掛け
ここまで見てくると、『日本三國』の舞台が魅力的な理由も見えてきます。
それは、すべてを架空にしていないことです。
国は架空。
政治体制も未来のもの。
でも土地は実在する。
大阪、愛媛、兵庫、福井、金沢、能登、小田原、武蔵。
私たちの知っている地名が、そのまま別の国家の行政区画や戦場へ変わっています。
この仕掛けがあるから、戦争の距離が急に具体的になるんです。
「辺境で戦っています」ではなく、「福井で戦っています」。
「北方へ進軍しました」ではなく、「金沢へ向かいます」。
地名を知っているだけで、頭の中に実際の日本地図が浮かびます。
その地図の上で軍勢が動き始める。
私はここが、『日本三國』という作品が普通の架空戦記より一段怖く感じられる理由だと思っています。
文明は消えても「文化の記憶」は消えない
さらに『日本三國』では、現代日本につながる言葉遣いや文化の痕跡が残っています。
作品内で現代的なスラングが使われることも、その一つ。
文明水準が明治初期ほどへ後退していても、人々の言葉まですべて明治時代へ戻るわけではない。
考えてみれば当然なんですよね。
文明が壊れた翌日に、全員が江戸時代の人間になるわけではありません。
親から子へ、子から孫へ、言葉や冗談や地名は伝わっていく。
一方で、テクノロジーを維持するための工場や物流、教育、エネルギー供給が失われれば、機械文明は急速に維持できなくなる。
だから『日本三國』には、古い生活様式と現代語が同居する。
歴史劇みたいな服装や軍隊の中から、こちらが知っている感覚の言葉が飛び出してくる。
このズレが笑いにもなるし、「確かにこの人たちは私たちの未来なんだ」と思わせる証拠にもなっています。
現在の観光地が未来の軍事施設へ変わる
福井県の舞台を見ていると、この構造はさらに鮮明です。
福井城址は福井嶺北城へ。
福井県立恐竜博物館は九頭龍城へ。
橋や城、公共施設が、未来の人々によって別の目的で使われている。
『日本三國』の聖地巡礼が面白いのは、アニメと同じ景色を探すだけでは終わらないところだと思います。
現地へ行けば「ここが作品に出てきた」と確認できます。
でもその次に、「なぜ作者はここを未来の城として選んだのか」と考えたくなる。
地形が強いのか。
建物が巨大だからなのか。
交通の要衝だからなのか。
周囲に川があるからなのか。
場所を見ることが、そのまま軍略を考えることになるんです。
実際、主人公の三角青輝自身がマッピングを得意とする人物。
そう考えると、読者が地図を開きながら作品を読む行為そのものが、ちょっと青輝っぽくなってくるんですよね。
『日本三國』の舞台と元ネタから見える本当のテーマを考察
ここからは筆者の考察です。
私は『日本三國』の舞台設定で本当に重要なのは、「日本が三つに分裂した」という派手な部分だけではないと感じています。
むしろ作品が繰り返し問いかけているのは、そもそも国とは何なのかではないでしょうか。
現在の私たちは、日本列島を見れば反射的に「一つの日本」と認識します。
北海道から沖縄まで行政的には一つの国家。
県境を越えたところで別の国になる感覚はありません。
でも『日本三國』の世界では、その常識が完全に壊れている。
大阪から東へ進めば敵国。
北陸へ向かえば別の政治体制。
同じ日本語を話し、似た文化を持ち、同じ旧日本文明の末裔なのに殺し合っている。
ここが痛いんですよね。
三国志なら魏・呉・蜀が争っていても、私たちは二千年近く離れた歴史として眺められます。
でも『日本三國』では戦場が福井で、金沢で、愛知で、大阪なんです。
自分が知っている場所に国境線が引かれてしまう。
その瞬間、「国境なんて絶対的なものではない」と否応なく気づかされます。
青輝の「日本再統一」は領土統一だけなのか
三角青輝は、日本を再統一することを目指します。
ただ、土地を占領して一色に塗れば統一なのか。
たぶん作品は、そんな簡単な答えには向かわないでしょう。
大和には大和で暮らしてきた人々がいる。
聖夷には聖夷の歴史がある。
武凰にも武凰の政治と社会がある。
国家が分裂して数十年、あるいはそれ以上経てば、「昔は一つの日本だったから戻りましょう」だけでは人間は動きません。
むしろ若い世代にとっては、大和や聖夷こそが生まれたときからの祖国でしょう。
だから青輝が本当に成し遂げなければならないのは、軍事的征服より難しいはずです。
三つの国で別々に育った人々に、もう一度「同じ国になりたい」と思わせなければいけない。
武力だけでは無理。
弁舌だけでも無理。
農政、経済、法律、教育、文化、そして新しい国家像が必要になる。
主人公が最強の剣士ではなく、司農官出身の理屈屋なのは偶然ではないのだと思います。
彼の最終的な敵は、一人の武将ではなく「分断そのもの」なのかもしれません。
元ネタを知ると未来が怖くなる
もう一つ、『日本三國』の元ネタを知る面白さがあります。
鄧艾。
鍾会。
郭嘉。
源平。
蝦夷とアテルイ。
歴史上の人物や事件を知れば知るほど、「このキャラクターも同じ運命をたどるのでは」と想像してしまう。
たとえば賀来泰明については、中国三国志の軍師・郭嘉との関連が指摘されています。
郭嘉は曹操から厚い信頼を受けながら、若くして亡くなった天才軍師として知られる存在です。
賀来自身も、常に先を読み「失敗しない」と評価される軍師。
元ネタを知った読者ほど、その有能さを安心材料ではなく死亡フラグのように見てしまう。
歴史モチーフ作品の怖いところですよ。
知識が増えれば未来を予測できそうなのに、予測できるからこそ怖くなる。
そして作者は、元ネタ通りに動かすこともできれば、あえて裏切ることもできる。
この「歴史を知っている読者との読み合い」が、『日本三國』の考察を面白くしているのだと思います。
アニメで舞台を知り、原作で地図の変化を見ると印象が変わる
アニメ版は、福井をはじめとした舞台を映像と音で体感できる強みがあります。
地方の風景、方言、巨大建築、軍勢の動きが一度に入ってくるため、『日本三國』の世界へ入る入口として非常に分かりやすい。
一方で、この作品は領土、人物関係、政治状況が動き続ける戦記です。
原作漫画では、自分の速度で地名や軍議のやり取りを追い、必要なら前の場面へ戻れる。
とくに青輝や賀来の策略は「結論を知ってから読み返したとき」に別の意味が見えてくることがあります。
ここは映像だけを一度見るのとはかなり違う楽しみ方です。
「この一言、もうこの時点で先の展開を読んでいたのでは?」
そんな瞬間がある。
私は『日本三國』については、先の展開をただ早く知るためだけではなく、国がどう動いたかを確認するために原作を読む価値が大きい作品だと感じています。
地図を追う。
人を見る。
名前の元ネタを調べる。
そしてまた本編へ戻る。
そのたびに同じ場面の意味が少しずつ変わってくる。
『日本三國』という作品は、物語の外側にある日本地図と日本史まで使って読むと、一気に深度が増すタイプの漫画なんですよね。
『日本三國』の舞台・国・元ネタをまとめると?
『日本三國』の舞台は、核大戦や天災、パンデミック、悪政と革命によって旧文明が崩壊した後の近未来日本です。
人口と文明水準が大きく後退した日本列島には、大和・武凰・聖夷という三つの国家が成立し、それぞれが覇権を巡って争っています。
中心勢力の大和は大阪都を首都とし、主人公・三角青輝は愛媛郡から大阪へ向かい、龍門光英への仕官を経て日本再統一への道を歩み始めます。
武凰には小田原都や武蔵県など東日本を思わせる土地が登場し、聖夷には能登や金沢方面を中心とする北陸・北方地域との結びつきが見られます。
そしてアニメでは福井県の実在スポットも舞台として使われています。
福井城址、九頭竜橋、丸岡城、越前大仏、福井県立恐竜博物館、敦賀駅周辺など、現在訪れることのできる場所が作品世界と重なっている。
だから『日本三國』の舞台は、完全な架空世界ではありません。
私たちが今日歩いている日本の、あり得たかもしれない未来です。
元ネタには中国の『三国志』を思わせる三国鼎立だけでなく、鄧艾や鍾会などの人物像、日本の源平合戦、ヤマトと蝦夷、阿弖流為といった複数の歴史モチーフが重ねられています。
それでも作品は歴史をそのままコピーしてはいない。
三国志も日本史も、未来の日本を描くための材料として分解し、再配置している。
だからこそ、「このキャラの元ネタは誰?」で終わらず、「なぜこの名前をここに置いたのか」「なぜこの土地を戦場にしたのか」まで考え始めると面白さが止まらなくなるんですよね。
地図を見るだけでも楽しい。
歴史を調べるともっと楽しい。
そのうえで原作へ戻ると、何気ない名前や台詞まで意味深に見えてくる。
『日本三國』の世界観は、日本を知らなくても楽しめます。
でも日本の土地と歴史を知れば知るほど、「これ、全部つながっていたのか」と気づく瞬間が増えていく。
その発見こそ、この作品を追い続けたくなる最大の魅力なのかもしれません。
よくある質問
『日本三國』の舞台は現代の日本ですか?
現代そのものではなく、文明崩壊後の近未来日本です。旧日本の国家体制は失われていますが、大阪、愛媛、福井、金沢、小田原など実在する土地の名前や地理が残されています。
『日本三國』に登場する三つの国は何ですか?
中心となる三国は「大和」「武凰」「聖夷」です。大和は大阪都を中心とする大国で、武凰は小田原都など東方地域、聖夷は能登や北陸・北方地域との結びつきが強く描かれています。
『日本三國』の元ネタは三国志だけですか?
三国志は重要な下敷きの一つですが、それだけではありません。源平合戦を思わせる平家と「芳経」の名前、大和と聖夷の対立に重なるヤマトと蝦夷、九羅亜輝威と阿弖流為など、日本史を連想させるモチーフも数多く配置されています。



コメント