光が死んだ夏 元ネタは何？過去作品との類似点・作者の着想源を探る

「あの夏、あの子は“ヒカル”じゃなかった——」。

『光が死んだ夏』というタイトルに、一度でも心をつかまれた人なら、その裏にある“異質さ”と“郷愁”の正体を知りたくなるはずです。

この作品がどうやって生まれ、どんな物語から影響を受け、どこへ向かおうとしているのか？──今回は、作者モクモクれん氏の着想源と『光が死んだ夏』の元ネタ・過去作品との類似点を徹底的に深掘りしていきます。

すでにネット上では「チェンソーマンっぽい」「サマータイムレンダを思い出した」など様々な声が飛び交っていますが、その一つ一つを丁寧に照らし合わせながら、“本当にこの作品が描きたいこと”を解き明かします。

『光が死んだ夏』の作品背景と基本情報

物語のあらすじと舞台設定：どこでもない田舎の夏

『光が死んだ夏』は、モクモクれん氏による漫画作品で、2021年より「ヤングエースUP」で連載がスタートしました。舞台となるのは「どこでもない田舎」とされており、公式にも明言されていない地名のない村です。しかし、作者が明かしたところによれば、着想のベースには三重県の山奥にある祖母の家の記憶が強く反映されているとのこと。風鈴の音、生い茂る木々、土の匂い──まるで「時間が滞ったような」夏が物語の背景として存在しています。

物語は、主人公・よしきの親友である“ヒカル”が死に、その後まるで生きているかのように帰ってきた……という不穏な日常から始まります。この「ヒカルが死んだ」という事実と、「でも確かに今、隣にいる」感覚のねじれが、読者に強烈な異物感と引力を生み出します。

この“異質な何かが紛れ込んだ田舎”という構図は、かつての邦画ホラーや青春ノスタルジー作品に通じるものがあります。しかも、舞台が限定されないことで逆に「どこかで本当にあり得るかもしれない」という普遍性と想像の余白を残している。これがまた、読者の記憶や感情を呼び起こすのです。

筆者自身も「この景色、どこかで見たことがある」と思わされる描写に何度も引き込まれました。山道の先に続く何でもない風景に、ふとした違和感が差し込む。まさに“夏”という季節が持つ懐かしさと、何かが変質していく不気味さが、じんわりと溶け合っているのがこの物語の真骨頂です。

あらすじだけでは分類しきれないのが『光が死んだ夏』の魅力ですが、その根底には明確に「人外ホラー×郷愁×青春」という三重構造が存在します。言い換えるなら、これは“再会の物語”ではなく、“取り替えられた再会”なのです。

名前を呼べば、そこに「誰か」は応える。でも、それが“本当にあの子”なのかどうかは──誰にもわからない。そんな恐怖と哀しみのあいだで、物語は静かに、しかし確実に深みを増していきます。

作者モクモクれんとは何者か？異色のデビュー経緯

『光が死んだ夏』の作者、モクモクれん氏は、いわゆる商業誌デビューの典型パターンからは少し外れた経歴の持ち主です。もともとはX（旧Twitter）やPixivに、自主制作の短編漫画──とくに“人外BL”ジャンルの作品を投稿していた同人系の作家でした。

その中で投稿された1本の作品が、現在の『光が死んだ夏』の原型となります。この短編は爆発的に拡散され、SNSで話題となり、結果的にKADOKAWAの目に留まり、商業連載へとつながったのです。なお、現在その元ネタとなった作品はすでに削除されており、一般の読者は閲覧できませんが、ファンの記憶には強烈に焼き付いています。

この“ネット発→商業”という経路は、現代の漫画業界においては決して珍しくないものの、モクモクれん氏の作品が注目された理由は「構図」「演出」「余白の使い方」に独特の美学があるからです。セリフを削ぎ落とした描写、空気を“感じさせる”間合い、視線を動かさせるコマ割り──まるで映像作品のように読者の感情を操作してくるんですよ。

しかも、BL的な関係性描写を通して培われた「感情の繊細な観察眼」が、『光が死んだ夏』の物語の緊張感や不安感を成立させる根幹になっています。人の言葉ではなく、“目線の動き”や“間の沈黙”から登場人物の内心を読み取らせる描写力。これがモクモクれんという作家の“らしさ”であり、作品全体の異様なリアリティを生み出しているのだと思います。

つまり、作者自身が“この物語の異質さ”そのものの体現者なんです。だからこそ、連載作品として『光が死んだ夏』が登場したとき、多くの読者が「これはただのホラーじゃない」と感じ取った。SNS初出のクリエイターが、商業フィールドで“本当に描きたかった世界”を貫いている──それがこの作品の根本的な力なのです。

モクモクれんという作家の出自と『光が死んだ夏』の物語が、どこかで静かに重なり合っている。その事実が、この作品をより深く、より怖くしているように思えてなりません。

『光が死んだ夏』の元ネタ・原型に迫る

XやPixivで話題を呼んだ人外BL短編の正体

『光が死んだ夏』には、実は連載前に存在した“原型”となる作品がありました。それは、作者モクモクれん氏がX（旧Twitter）やPixivに自主投稿していた短編漫画。ジャンルとしては「人外BL」、つまり人間ではない存在と少年との関係性を描いたボーイズラブ的作品です。

この短編は、単に“異形との恋愛”を描いただけではありませんでした。作品の核にあったのは、「姿かたちは同じでも、それは“本当にその人”なのか？」という恐怖と愛情の交錯。まさに『光が死んだ夏』に通じる“親しさと異質さの同居”がすでに形を成していたのです。

その作品は投稿当時から話題となり、リツイートやブックマークが急増。フォロワーを中心に口コミで広まり、「この空気感はただ者じゃない」と注目されるようになります。やがてKADOKAWAの編集者の目に留まり、商業連載への道が拓かれていく……まさに現代的なネット発ヒットの典型といえる展開です。

しかし現在、その短編は削除されており、一般には読むことができません。けれども、ファンの間ではその記憶が強く語り継がれていて、「あの作品が形を変えて世に出た」と驚きとともに受け止められました。これは“失われた原作”という物語の余白が、かえって『光が死んだ夏』のミステリアスな魅力を引き立てている気もします。

私自身、このエピソードを知ったとき「なるほど、最初から“人の姿をした何か”を描く作家だったんだ」と腑に落ちました。ホラーやスリラーとしての演出よりも、“感情のズレ”や“関係性のほころび”を怖さの中心に据えているあたり、やっぱりルーツはBLにあるんですよね。

削除された原作の影──なぜ今この物語が求められるのか

では、なぜ今この“光が死んだ”という物語が、こんなにも広く受け入れられているのでしょうか？ そこには、原作短編が持っていたある種の“時代性”と“感情の飢え”が関係しているように思います。

一つは、「人と人の境界」が曖昧になった時代背景。SNSを通じて簡単につながれるけれど、実際には「本当にこの人を知っているのか？」という不安がどこかにある。『光が死んだ夏』の“ヒカル”も、姿かたちは同じだけど、それが“本当にヒカルなのか”は誰にもわからない。──この違和感は、まさに現代的なものなんです。

そしてもう一つは、“喪失”をどう受け止めるかというテーマ。大切な人がいなくなる、でも記憶の中ではずっと一緒にいる。この矛盾を抱えたまま生きていく感覚が、今の若い世代には強く共鳴するのだと思います。現実でもSNS上でも、人は「誰かの代わり」「誰かのふり」をしながら存在している。その仮面性が、この物語の核と重なってくるのです。

元ネタであったBL短編もまた、「見た目は同じでも中身は別」という関係性のねじれを描いていました。そう考えると、削除されたその原作は、いわば“この作品が生まれ落ちる前の胎動”だったのかもしれません。

筆者としては、こうした“見えない原作”の存在が、読者にとっての想像の余地を広げていると感じます。実際には読めないけれど、確かにそこに何かがあった。その“欠落”が逆に、『光が死んだ夏』という作品をいっそう深く、怖く、そして美しくしているんじゃないでしょうか。

そして何より──この物語が選び取った“語りのかたち”が、いまの時代の心のスキマに、そっと触れてくるんです。

類似作品との比較：構図と感情の“既視感”を読み解く

『チェンソーマン』『屍鬼』──暴力と喪失の描写の近似性

『光が死んだ夏』を読んで、「なんだか既視感がある」と思った方は少なくないはず。特にネット上では『チェンソーマン』との類似がしばしば指摘されていて、主人公・ヒカルのビジュアルが“デンジ”に似ているという声や、暴力的な描写のテンションが共通しているという意見も見られます。

実際に比較してみると、『チェンソーマン』もまた“異質な存在が日常に紛れ込む”という構造を持っており、それが読者に対する一種の“不快な安心感”──つまり、いつまでも心が落ち着かない状況──を生み出しています。『光が死んだ夏』の“ヒカル”も、まさにそのタイプ。見た目は親しい友人なのに、中身は何かが違う。この「何かが違う」感覚は、藤本タツキ作品に通じる不条理ホラー的手触りを帯びています。

また、もう一つ挙げられるのが『屍鬼』（原作：小野不由美、作画：藤崎竜）との構図的な共通点です。山間の閉鎖的な集落で、外から来た異物が静かに、しかし確実に人々を侵食していく。『屍鬼』のそれは吸血鬼という分かりやすい異種存在でしたが、『光が死んだ夏』ではもっと曖昧で、だからこそ余計に怖い。

筆者として印象深いのは、どちらの作品も「この人は“誰か”であって、“もう誰でもない”」という二重構造の恐怖を扱っているところ。キャラクターが、本人のようで本人ではない。そのズレに気づいていながらも受け入れざるを得ないという状況は、読む者に“愛と拒絶のはざま”を突きつけてくる。

つまり、『光が死んだ夏』の類似点とは単なるオマージュではなく、“人の形をした他者”を描く作品が必然的に通る、感情の構造的共鳴なんです。

『あの花』『サマータイムレンダ』に通じる“死者と共にある夏”の系譜

『光が死んだ夏』のもう一つの読み解き方は、「死者と共にある夏」というジャンル的な系譜に位置づけること。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』（以下『あの花』）や、『サマータイムレンダ』といった作品と同様に、本作も“失われた存在が夏に戻ってくる”という構造を持っています。

『あの花』では幽霊となった“めんま”が、かつての仲間たちの前に現れることで止まっていた時間が再び動き出します。一方で、『サマータイムレンダ』ではタイムループと影の存在が、記憶と運命を何度も書き換えていきます。これらはいずれも、“過去に置いてきたはずの誰か”が戻ってきて、登場人物たちの感情を揺さぶるという点で共通しています。

『光が死んだ夏』もまた、“ヒカル”の帰還によって、よしきの時間が再び動き出す。しかしその再会は喜びではなく、静かに侵食してくる“違和感”と“恐怖”の幕開けとなるんです。読者は、「死んだはずの人が目の前にいる」という状況が持つ甘美と戦慄の両面を、皮膚感覚で味わうことになります。

さらに言えば、夏という季節は“生命のきらめき”と“終わりの気配”が同居する特別な時間。蝉の声、陽炎、夕立の匂い……そのすべてが「一瞬で過ぎ去る命」を象徴しています。だからこそ、“夏に死者が帰ってくる”物語は、私たちの心に強く残るのだと思います。

『光が死んだ夏』が今、多くの読者に刺さっているのは、この“生と死の境界線が曖昧になる夏”を真正面から描いているから。しかも、その描写は過度に説明されず、あくまで「そこにいる」ことだけが積み重ねられていく──それが怖くて、美しい。

“死者と共にある夏”というジャンルの中でも、『光が死んだ夏』は極めて静謐で、だからこそ余計にざらついた感情を残していくのです。

作者の着想源と構造的モチーフの分析

三重の山間に残る“記憶”と“異界”の原風景

『光が死んだ夏』の作者・モクモクれん氏が作品の着想源として挙げているのが、三重県の山奥にあった祖母の家。実際の地名は伏せられているものの、その土地に刻まれた“原風景”が物語の基盤となっていることは、作者インタビューや公式コメントなどから明確になっています。

この「具体的な記憶から立ち上がるフィクション」は、まさに“物語のリアル”を成立させる力を持っていて、本作の異様なまでの没入感は、そうした個人的体験に根差しているからこそ生まれるものなんですよね。木々のざわめき、廃れかけた神社、山の奥にひっそりと佇む祠──それらが実際に存在したのかどうかに関係なく、そこに“確かにあった感じ”が作品世界に漂っている。

筆者自身も、子どもの頃に一度だけ訪れた親戚の山村を思い出しました。人がいないわけではないのに、どこか時間が止まっているような空間。『光が死んだ夏』が描く田舎はまさにそういう場所であり、“記憶のなかの異界”なんです。

そして重要なのは、モクモクれん氏がその“異界”を、わかりやすく怪異や妖怪に還元しないところ。『光が死んだ夏』では、あくまでその違和感が“人の形をして現れる”というのがポイントで、だからこそ“どこまでが現実で、どこからが異常か”が最後までわからない。これが本作を単なるホラー以上の作品に押し上げている理由のひとつです。

つまり──モクモクれんにとっての“着想源”とは、単なる舞台設定ではなく、「世界のズレを感じた経験そのもの」なんですよ。

人外×郷愁×青春──モクモクれんの美学とは

モクモクれんという作家が描く世界観には、常に「人間ではない何か」と「人間の感情」のすれ違いが通奏低音のように流れています。『光が死んだ夏』も例に漏れず、“人の姿をした何か”──つまり、明らかに“ヒカルではないヒカル”が、よしきのそばに居続ける物語です。

この「人外×郷愁×青春」という三重構造は、まさにモクモクれん氏の美学といえるでしょう。どれか一つに寄せればホラーにもファンタジーにもなり得るはずの題材を、あえて境界線上に留めて描く。この“どっちつかずの不安定さ”こそが、『光が死んだ夏』という作品の最大の魅力だと筆者は思っています。

特に印象的なのは、“感情の曖昧さ”をホラーとして描いている点。BL短編の原型時代から、モクモクれん作品は「好きかもしれない」「怖いけど側にいたい」といった感情の揺らぎを丁寧に扱ってきました。だからこそ、よしきの「本当は気づいてるのに気づかないふりをしている」演技が、物語の中で異様にリアルなんですよね。

また、“郷愁”という要素も決して美化されていません。むしろ、あの田舎の空気感は、懐かしさと同時に「抜け出せない場所」として描かれている。生まれ育った土地が、いつの間にか“牢獄”になっている感覚──それを描ける作家は、実はそう多くないんです。

最終的に言えるのは、『光が死んだ夏』がジャンルの分類を拒み続ける作品だということ。人外ホラーであり、青春譚であり、失われた記憶の再生でもある。そしてそのすべてが、モクモクれんという作家の“私的な記憶と感性”から生まれている。そこに私は、この作品の異様なまでの密度と深度を感じています。

『光が死んだ夏』が現代読者に刺さる理由

“名前を呼び合う”ことが持つ物語的な力

『光が死んだ夏』の中で、とても象徴的に描かれているのが、“名前”という存在です。主人公・よしきが「ヒカル」と呼ぶたび、その名前に応える誰かがいる。でも、それが本当に“ヒカル”なのか──その問いに物語は最後まで明確な答えを出さず、読者に考えさせ続けます。

この“名前を呼ぶ”という行為は、物語においてはしばしば「魂を認識する行為」として扱われてきました。だからこそ、名前がズレることは“存在がズレる”ことの象徴でもある。『光が死んだ夏』では、よしきが“ヒカル”という名前にすがるように、確かめるように、何度も何度もそれを呼ぶ。そこには「変わってしまった親友」への哀しみと、「変わらないでいてほしい」という祈りの両方が込められているように感じられます。

筆者としても、この“名前を呼ぶ”という描写には胸を打たれました。会話の中で何度も呼びかけが行われるたび、そこにあるのは単なる言葉ではなく、確認し合うための儀式のような、痛ましくも美しいやりとり。現実世界でも、愛する人や大切な存在の名前を口にすることで心が繋がったように感じる瞬間って、きっと誰にでもあると思うんです。

でも、それがもし“別人”だったら？──その瞬間に、私たちの信じていた世界がガラリと崩れてしまう。『光が死んだ夏』は、その崩壊を「名前」というキーワードを通じて見せてくれるんです。

“名前を呼ぶこと”に潜む希望と恐怖。その両面が丁寧に織り込まれているからこそ、この物語は読む人の胸に深く残るのでしょう。

時代と共鳴する“田舎×異物”のホラー感覚

もう一つ、『光が死んだ夏』が今の読者に響いている理由として挙げたいのが、「田舎×異物」というホラー構造の再評価です。これは近年の日本ホラー作品でもよく見られるテーマであり、『屍鬼』『サマータイムレンダ』などにも通じる系譜でもあります。

今、多くの人が“つながりすぎた社会”に疲弊していて、その反動として“閉じた空間”や“孤立した集落”に惹かれているように思います。でも、そうした場所が描かれる時、単なるノスタルジーでは終わらないのが現代のホラーなんです。むしろ、“閉じた場所に侵入する異物”という構造は、時代への不安や社会への違和感のメタファーとして機能する。

『光が死んだ夏』のヒカルもまた、その“異物”です。よしきにとってはかけがえのない存在でありながら、同時に“どこか違う何か”。その違和感が舞台である田舎の静けさと絶妙に交差して、読者に圧迫感のような恐怖を与えてくるんですよね。

筆者としては、この「異物が入り込んだ日常」の描き方がとてもリアルだと感じます。わかりやすい化け物ではなく、“親しみの皮をかぶった得体の知れない何か”。その存在が静かに隣にいる……それが最もゾッとする。

また、こうした「田舎ホラー」的な演出は、日本人にとっての“集団と個の関係性”を炙り出す鏡のようでもあります。閉鎖的な空間だからこそ、異物の侵入はすぐにわかる。でも、だからといって排除できるわけでもなく、かえって“共存”を強いられることもある。この苦しみは、まさに現代の人間関係に通じるものです。

『光が死んだ夏』は、そんな“息の詰まる関係性”を、「田舎×異物」という構造を通じて鋭く描いています。それが今、こんなにも刺さっている理由なんです。

『光が死んだ夏』元ネタ・着想まとめ

“失われた原作”が生んだ、現代型ホラーの新潮流

『光が死んだ夏』という作品の深みは、その原型がすでに“存在しない”という事実に起因しています。元となった人外BL短編はSNS上で爆発的に拡散されながらも、現在は削除され、読者の記憶の中にしか存在していない。その“不在の原作”という余白こそが、この作品に一層のミステリアスさと現代性を与えているのです。

ネット初出の創作物が、その時限的な魅力をまとったまま、商業作品として生まれ変わる──この構造自体がすでに“都市伝説のような語られ方”をする現象であり、『光が死んだ夏』はその最たる例と言えます。読者が「前にも見た気がする」「でももう見られない」と語るその曖昧な記憶は、作品世界と完全にシンクロしている。

まさに、“なかったこと”が“あったこと”として読者に残っていく。これはホラーにおいて、最も強力な語りの方法論のひとつです。『光が死んだ夏』は、その原型の存在と喪失をも作品に取り込んで、独自の“現代型ホラー”として成立している。言い換えれば、“消えた物語”が別の形で蘇った瞬間なんですよ。

筆者としては、この“存在しない元ネタ”という出自が、作品のホラー性そのものに深く結びついていることが非常に印象的でした。フィクションと現実の境界があやふやになり、“これは本当に創作なのか？”とすら思わされる。

それはまさに、「目の前にいる“ヒカル”は本当に“ヒカル”なのか？」という物語の核心と完全に重なる問いなんです。

過去作品の記憶が導く、“光”の正体

『光が死んだ夏』は、様々な過去作品と共鳴しながらも、それらとは明確に一線を画す独自性を持っています。『チェンソーマン』のようなビジュアル的衝撃、『屍鬼』のような閉鎖空間の異物感、『あの花』や『サマータイムレンダ』のような“死者との再会”という主題──それぞれのエッセンスを内包しながら、本作は“誰かを信じたままでいること”の難しさと恐ろしさを描き出している。

そして注目すべきは、それら過去作品が持っていた“救い”や“回復”の物語とは異なり、『光が死んだ夏』には明確なカタルシスが存在しないという点です。ヒカルは帰ってきた。でも、それが“ヒカル”だとは断言できない。読者はずっとその不確かさの中に置かれ続ける。

それは、いまこの時代を生きる私たちが抱える“人間関係のもろさ”や“信頼の限界”を映し出しているようにも思えるんですよね。スマホ一つで誰かと繋がれるはずの社会で、むしろ「この人は本当に私の知っているあの人なのか？」という不安が増していく。この構造は、ホラーでありながら非常にリアルな“現代劇”でもあります。

筆者としては、この“感情のねじれ”を徹底的に描ききったからこそ、『光が死んだ夏』が単なる一過性のヒットではなく、“物語として残る作品”になり得たのだと考えています。過去作品が示してきた“答え”に対して、この作品は静かに、“答えのなさ”を突きつけてくる。

そして、ふと思うのです──あの“ヒカル”は、一体誰だったのか。よしきが見ていたのは、光そのものだったのか、それとも“光の死”だったのか。そんな曖昧な問いを残しながら、物語はただ、夏の中に沈んでいく。